福島地方裁判所会津若松支部 昭和46年(ワ)155号 判決 1975年9月17日
原告(反訴被告) 半澤辰男
同 (反訴同) 渡部長太郎
右両名訴訟代理人弁護士 安田純治
右訴訟復代理人弁護士 大学一
同 安藤裕規
同 鵜川隆明
被告(反訴原告) 会津若松市
右代表者市長 高瀬喜左衛門
右訴訟代理人弁護士 富岡秀夫
主文
一、反訴被告(本訴原告)半澤辰男は、反訴原告(本訴被告)に対し別紙第二物件目録記載の建物を収去して別紙第一物件目録一記載の土地を明渡せ。
二、反訴被告(本訴原告)渡部長太郎は、反訴原告(本訴被告)に対し別紙第三物件目録記載の建物を収去して別紙第一物件目録二記載の土地を明渡せ。
三、本訴原告(反訴被告)両名の本訴請求はいずれも棄却する。
四、訴訟費用は、本訴反訴を通じ、本訴原告(反訴被告)両名の負担とする。
事実
(当事者の求める裁判)
第一、本訴原告(反訴被告以下単に「原告」という。)両名
一、本訴につき
(一) 原告半澤辰男が別紙第一物件目録一記載の土地につき、同渡部長太郎が同目録二記載の土地につきそれぞれ本訴被告(反訴原告以下単に「被告」という。)に対し建物所有を目的とする賃借権を有することを確認する。
(二) 被告は、原告両名が別紙図面表示の通路を通行することを妨害してはならない。
(三) 本訴の訴訟費用は被告の負担とする。
二、反訴につき
(一) 被告の請求をいずれも棄却する。
(二) 反訴の訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行免脱宣言。
第二、被告
一、本訴につき
(一) 主文第三項同旨
(二) 本訴の訴訟費用は原告両名の負担とする。
二、反訴につき
(一) 主文第一、二項同旨
(二) 反訴の訴訟費用は原告両名の負担とする。
(三) 第一項につき仮執行宣言。
(当事者の主張)
(本訴につき)
第一、請求の原因
一、訴外佐々木スイは別紙第一物件目録一記載の土地(以下「甲地」という。)につき、同渡部長治は同目録二記載の土地(以下「乙地」といい、甲、乙地を総称して「本件土地」という。)につき、それぞれ大正一三年六月に、当時の所有者松平保男より本件土地の管理を委任されていた当時の若松市長(現在の被告会津若松市は明治三二年四月一日若松市として市制が施行され昭和三〇年一月隣接の村を合併して改称したもの。)松江豊寿との間で借地法二条一項により期間を三〇年とする建物所有を目的とする賃貸借契約を締結し、訴外佐々木スイは、甲地上に別紙第二物件目録記載の建物(以下「甲建物」という。)を、同渡部長治は乙地上に別紙第三物件目録記載の建物(以下「乙建物」という。)を、それぞれ所有し飲食店土産店を営んでいた。
原告半澤辰男は昭和一六年一一月訴外佐々木スイの、原告渡部長太郎は昭和一〇年家督相続により訴外渡部長治の、右各賃借権をそれぞれ承継し今日に至るまで、引続き飲食店土産店を経営し、被告は原告半澤の右承継を異議なく承諾した。右各承継当時の賃料はいずれも一平方メートル当り月額二円四三銭であった。
しかして、原告両名の右各賃借権は借地法六条に基づき昭和二九年六月と昭和四九年六月にいずれも法定更新している。
二、しかるに、本件土地の現所有者である被告は、原告両名の右各賃借権を否認しその効力を争うので原告両名は右各賃借権の確認を求める利益を有する。
三、(一) 別紙図面記載の通路(以下「本件通路」という。)は、本件土地から自動車で市街地に通じる唯一の通路であるところ、原告両名は被告と右通路につき戦後生活必需品、商品等の搬出入に自動車を一般的に使用するようになったころ自動車による生活必需品、商品等の搬出入をなすべく使用貸借契約を締結し原告両名は右通路を使用している。
(二) 仮にしからずとするも原告両名は前記のように本件土地上に甲、乙の建物を所有し飲食店、土産店を営んでおり一方本件通路が前記のものである以上原告両名が本件通路を通じ自動車により商品等の搬出入を行うことは本件各賃貸借契約の必須の条件となっており、被告は本件土地の賃貸人として信義則上原告両名が右通路を通行することを受認する義務がある。
(三) 仮にしからずとするも、原告両名の本件通路使用が適法になされたものである以上後記のような被告の行為は自力救済に類するものであり不適法である。
従って、原告両名の本件土地に関する占有権原が賃借権以外のものであり、または仮に不法占拠であったとしても原告両名は右違法行為の禁止を求める法律上の利益を有する。
四、しかるに、被告は昭和四二年五月二三日本件通路の西端に鉄門を設置しこれに施錠する等して原告両名の右通路の通行使用を妨害している。
五、よって、第一、一掲記の申立どおりの裁判を求めるべく本訴請求に及んだ。
第二、請求の原因に対する認否
一、請求原因一の事実中被告の市制施行時期、改称した事実及び原告両名がその主張の土地上に各建物を所有してその主張の営業をなし各土地を占有していることは認め、その余の事実は否認する。
二、同二の事実中被告が本件土地の所有者であり、原告両名の各賃借権を否認しその効力を争っていることは認め、その余は争う。
三、(一) 同三(一)の事実は否認する。
(二) 同三(二)の事実中原告両名が本件土地上に甲、乙の建物を所有しその主張の営業をなしていることは認め、その余は争う。
(三) 同三(三)の事実中被告が同四記載の行為をなしていることは認め、その余は争う。
四、同四の事実は認める。
第三、被告の主張
一、本件土地は、大正五年八月被告が前所有者松平保男より公共用地として購入して所有権を取得し公園地と決定し以後公共用地として利用してきたものであるが、代金が一〇年々賦であったため完済後の昭和二年三月一八日所有権移転登記手続を経たものである。
従って、本件土地は、右購入時以降は「公共団体ノ管理スル公共用土地物件ノ使用ニ関スル法律」(大正三年四月四日施行法律第三七号)の適用を受けていたが、昭和二二年四月以降は地方自治法の適用を受ける行政財産に編入されて同法の適用を受け、昭和三一年四月以降は都市公園法及び同法に基づく会津若松市都市公園条例(昭和三三年七月一四日条例第三三号)の各適用を受けている。
地方自治法二三八条の四の一、二、四項(いずれも昭和四九年六月法律七一号による改正前のもの)、都市公園法二二条に照らし本件土地に私権の設定は許されず、原告両名の賃借権の主張が失当であることは明らかである。
二、本件土地の利用関係は次のとおりである。
(一) 甲地につき従前の使用は別として訴外佐々木が昭和九年七月一日期間を五年として被告より使用許可を得、昭和一六年一一月五日に原告半澤が右使用承継を被告より許可され以後五年乃至一年の期間で引続き被告より使用を許可されていた。
(二) 乙地につき従前の使用は別として原告渡部長太郎は昭和一六年四月一日期間を一年とする使用許可を得以後一年乃至五年の期間で引続き被告より使用を許可されていた。
(三) 右各許可の条件はおゝむね別紙許可条件記載のものであったが、被告の原告両名に対する右使用許可はいずれも昭和三九年三月三一日期間満了により終了している。
三、仮に原告両名が本件土地につきその主張のような賃借権を有していたとしても都市公園法附則四項により同法施行一〇年を経る昭和四一年一〇月一四日の経過により原告両名の右各賃借権は消滅した。
四、以上いずれにせよ原告両名は本件土地につき何らの権原も有しないのである。
第四、被告の主張に対する原告両名の認否及び反論
一、被告の主張中被告が本件土地の所有者であることは認めるが、その所有権取得年月日は否認する。
本件土地が行政財産であるとの被告の主張は争う。
原告両名は請求の原因一記載のように松平保男より賃借したものである。
二、仮りに、本件土地が都市公園法の規制を受ける地域内にあるとしても、本件各賃貸借に関しては同法の適用はない。
(一) 即ち、同法により規制を受くべき公園施設その他の工作物に住居用建物は含まれない。
(二) 仮りに、住居用建物も右施設等に含まれると解するとしても、本件の如く同法施行前から住居に使用し、借地権が成立している場合、これを同法施行によって同法上の公園内占有の権限に変更することは、すでに成立した私権(借地法上の借地権)を立法によって侵奪することになり正当な補償なくして行うことは、憲法二九条三項に違反する。
三、また仮りに本件の場合も都市公園法の規制を受けるものと仮定しても、
(一)本件の場合、都市公園法施行当時、本件各賃借権はそれぞれ各残期間が一八年あった(前記のように昭和二九年に契約更新しており一方同法施行は昭和三一年である。)。
従って同法施行により期間が短縮されることとなる場合同法附則七項によれば、公園管理者は損失補償の義務を負担するところ、被告はかかる補償をなさないのみか附則八項により準用される本法一二条二項、三項所定の損失補償の協議や協議不成立の場合の措置をとっていない以上被告が正当な補償をせずに本件土地賃貸借期間の短縮を主張し、該期間終了による明渡を請求することは許されないというべきである。
(二) もっとも、都市公園法による土地の使用権は、借地権とは全く異る権利であり、もし本件に同法の適用ありとすれば、それは単に期間の短縮を意味するのではなくて、借地権なる私有財産権の消滅を意味する。従って正当な補償(都市公園法による補償以外の)なくして、一片の法令により原告等の借地権を消滅させることは憲法二九条に違反すること前述のとおりである。
四、仮りに、本件土地が行政財産であると仮定しても、
(一) 地方自治法施行前に成立していた借地権を同法施行により消滅させることは、正当な補償がなければ憲法違反である。従って、同法はすでに成立している借地権には適用なきものと解するのが合理的解釈というべきである。
(二) 仮りにしからずとするも、都市公園法五条三項または六条四項により、昭和四〇年に占有許可の更新があったのである。即ち、被告の主張によれば本件土地使用許可は昭和三九年三月三一日をもって期間満了しているというのであるが、被告は昭和四〇年に至ってもなお原告等が土地を継続使用することを認め、同年度の地代を受領している。
(反訴につき)
第五、請求の原因
一、被告は、本件土地の所有者であるところ原告半澤は甲地上に甲建物を、原告渡部長太郎は乙地上に乙建物を、それぞれ所有して甲、乙地をそれぞれ占有している。
二、よって、被告は本件土地所有権に基づき原告両名に対しそれぞれ甲、乙建物を収去して甲、乙地の明渡を求めるべく反訴請求に及んだ。
第六、請求原因に対する認否及び原告両名の抗弁
一、請求原因一の事実は認める。
二、(抗弁)
本訴請求原因一記載の事実に同じ。
第七、抗弁に対する被告の認否及び被告の主張
本訴請求原因一に対する認否欄及び被告の主張欄記載のとおり。
第八、被告の主張に対する原告両名の認否及び反論
本訴についての右第四項記載のとおり。
(証拠)≪省略≫
理由
一、被告が明治三二年四月一日若松市として市制が施行されその後原告両名主張のように改称したこと、被告が本件土地の所有者であり、原告半澤が甲地上に甲建物を所有して甲地を、同渡部長太郎が乙地上に乙建物を所有して乙地を、それぞれ占有していることは当事者間に争いがない。
二、原告両名は被告に対し本件土地につきそれぞれ前記のような賃借権を有すると主張するので以下これについて判断する。
(一) (本件土地の公共用地性について)
1、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠は存しない。
(1) 本件土地を含む旧鶴ヶ城趾は、明治二三年二月二〇日国からの払下げにより訴外松平容大が所有権を取得し、明治四三年六月一一日家督相続により訴外松平保男が右所有権を承継したが、大正時代初めころは荒れ果てており、城の入口附近の追手前は田であり、西出丸附近を当時の会津中学が校庭として、天守閣の東側を被告が、天守閣の西側、二の丸、三の丸、北出丸附近を訴外遠藤十次郎が、本丸附近を鈴木屋がそれぞれ右松平から借り受けていた。
(2) 大正五年七月一七日若松市会において「土地買受契約ニ関スル件」が議決され被告が、右城趾一帯を松平保男から買い受けることとなったがその内容の要旨は次のとおりであった。
(Ⅰ) 公園施設の目的
(Ⅱ) 買受価格三万円大正六年から一〇年年賦
(Ⅲ) 代金完済後売主(松平保男)が宮内省の許可を得て所有権移転の手続をする。
(Ⅳ) 右所有権移転の際現所有者に於てその土地につき貸渡契約期間中のものあるときは借受人の承諾を得たるものの外これを継続してその期間該契約を変更せざるものとす(原文には「変更サセル」とあるが、「変更セサル」の誤記と解する。)。
(Ⅴ) 本契約の日より旧城趾の使用権及び旧城趾より収むる利益は総て本市(被告)に帰属する。
(Ⅵ) 旧城趾に対する諸税で本契約後納期の開始するもの又は旧城趾の維持修繕に要する費用は本市に於てこれを支弁するものとす。
(3) 大正六年二月九日前記訴外遠藤は、松平の代理人訴外深田錠八との間で右旧鶴ヶ城趾の一部につき小作契約を締結していたが、訴外遠藤は大正一〇年ころ右松平に全借地を返還した。
大正一二年四月六日若松市長は、訴外小林シチに対し旧鶴ヶ城趾内借地につき使用許可を与えており、その内に「公園使用に関し条例を設定したるときは」との文言があり訴外遠藤の子訴外佐瀬栄助は大正終わりころから被告から右城趾内の土地を借りている。
被告は、昭和二年三月一八日に訴外松平保男から同月一四日売買を原因とする所有権移転登記手続を経由しており、旧土地台帳の甲、乙地の地目はそれぞれ原野及び山林であったが昭和二年三月公園成立として地目が公園となり、一方登記簿上の地目表示は公共用地となっている。
2、(1) 公物とは一般に、その物がその目的に供せられるべき構造を備えること及び国又は公法人が当該物件を公用に供する意思表示をなすこと(公用開始行為)を要件とすると考えられており、公共用物とは、直接に一般公衆の共同使用に供されるものであり、その前提として国又は公法人がその物の上に所有権、賃借権等の一定の権原を有することを必要とすると解されている。
(2) 明治四四年四月七日法律第六八号(同年一〇月一日施行)「市制」四二条は市会の議決事項を規定し、その六項には「不動産ノ管理処分及取得ニ関スル事」が右議決事項として掲げられていること及び被告が旧鶴ヶ城趾の所有権取得に関する前記認定事実を併せ考えれば、被告が訴外松平保男となした右城趾に関する売買契約の内容はおおむね前記若松市会の議決内容と同様であることが認められ、右契約内容及び前記認定事実を併せ考えれば、被告が本件土地を含む旧鶴ヶ城趾の所有権を取得したのは昭和二年であるが、遅くとも大正一〇年ころまでに被告は右城趾の使用権、収益権を完全に取得しており、そのころ又は遅くとも前記土地台帳の地目が公園と変更された昭和二年ころまでには、右城趾が公園として一般公衆の共同使用に供されていたものと認められる。
従って、右旧城趾は遅くとも右昭和二年には公共用物性を取得しており、被告が使用権、収益権取得後右公共用物性取得までの間も旧鶴ヶ城趾は公園として予定されたもの(いわゆる予定公物)としての性格を有していたものと認めるのが相当である。
(二) (本件土地についての法的規制の変遷について)
本件土地に関する法的規制について、その関係法規の変遷を略記すれば次のとおりである。
1、前記「市制」
一二条二項「市ハ市ノ営造物ニ関シ市条例ヲ以テ規定スルモノノ外市規則ヲ設クルコトヲ得」
一一三条一項「市ハ営造物ノ使用ニ付使用料ヲ徴収スルコトヲ得」
2、昭和一八年一一月一二日告示第三六号「若松市財産ノ取得、管理及処分ニ関スル規則」
七条「公用又ハ公共ノ目的ニ供セザル土地建物ハ之ヲ有料ニテ貸付クルコトヲ得。(但書省略)
公用又ハ公共ノ用ニ供スル土地建物ニシテ供用ニ支障ナキトキハ其ノ限度ニ於テ前項ノ例ニ依リ貸付クルコトヲ得」
八条「地土、建物ノ貸付期間ハ五年以内トス」
3、地方自治法(昭和二二年五月三日施行)
二一三条一項「普通地方公共団体は、法律又はこれに基く政令に特別の定があるものを除く外、財産の取得、管理及び処分並びに営造物の設置及び管理に関する事項は条例でこれを定めなければならない。」
4、都市公園法(昭和三一年一〇月一五日施行)
二条二項(公園施設の定義)
七号「売店、駐車場、便所その他の便益施設で政令の定めるもの」
五条「都市公園を設置する地方公共団体(以下「公園管理者」という。)は、当該都市公園に設ける公園施設で自ら設け、又は管理することが不適当又は困難であると認められるものに限り、公園管理者以外の者に当該公園施設を設け、又は管理させることができる。
公園管理者以外の者が公園施設を設け、又は管理しようとするときは、条例で定める事項を記載した申請書を公園管理者に提出してその許可を受けなければならない。(以下略)
公園管理者以外の者が公園施設を設け、又は管理する期間は、十年をこえることができない。これを更新するときの期間についても、同様とする。」
二二条「都市公園を構成する土地物件については、私権を行使することができない。ただし、所有権を移転し、又は抵当権を設定し、若しくは移転することを妨げない。」
5、都市公園法施行令(昭和三一年九月一一日政令第二九〇号)
七条四項「都市公園に簡易宿泊施設を設ける場合においては、当該都市公園の効用を全うするため特に必要があると認められる場合のほかこれを設けてはならない。」
6、会津若松市都市公園条例(昭和三三年七月一四日条例三三号昭和三四年四月一日施行)
一条「都市公園法(略)及び地方自治法(略)第二百四十四条第一項の規定に基づき、都市公園を設置する。」
二条「都市公園の位置及び名称は、次のとおりとする。
鶴ヶ城公園(以下略)
7、被告主張の大正三年四月四日施行法律第三七号は直接本件とは関係なく、また鶴ヶ城公園が都市公園となった後は都市公園法が地方自治法の特別法として優先的に適用されるので都市公園法成立以後の地方自治法の改正法の記載は省略した。
(三) (原告両名の本件土地の利用状況)
1、≪証拠省略≫によれば次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。
(1) 訴外渡部長吉は大正一二年に乙地上に乙建物を、同佐々木スイは甲地上に甲建物をそれぞれ建築しており、右両名は右各年度の被告歳入出簿の貸方に名前が記載されている。
(2) 訴外佐々木スイは字が殆んど読めないこともあって甲地使用の交渉は同日野晴日子に一任し、使用権成立後は使用料を被告に対し支払っていた。
その後遅くとも昭和九年七月一日からは被告より旧鶴ヶ城内北帯郭鉄門外七〇坪につき飲食店、物品販売営業所敷地として更に昭和一六年二月一八日からは旧鶴ヶ城内西帯廊一八七坪を稲荷神社(氏神)祠宇建立に付境内地設置の目的で使用を許可され、同年一一月一日からは原告半澤が右使用の承継を被告より許可されていた。
その形式は、訴外佐々木又は原告半澤が単独又は保証人と連名で使用許可願を出し、被告がこれに対し別紙許可条件記載と同旨の許可条件を付して使用を許可し、訴外佐々木又は原告半澤が単独又は保証人と連名で請書を出すというものであった。
その期間はおゝむね五年であり、昭和二六年度の許可の際右二つの土地は合算され(甲地に相当)、昭和三一年度からは使用目的も店舗敷地と変更された。
(3) 原告半澤は昭和三四年、昭和三七年、昭和三八年と被告に対し市有地(建物)継続借受願を提出し昭和三四年二月一八日から昭和三七年三月三一日まで、同年四月一日から昭和三八年三月三一日まで、同年四月一日から昭和三九年三月三一日まで市有地賃貸借契約書に基づき使用していた。
しかし、借地料が直前の年額一七、一九〇円(二八六坪五〇で一坪につき月額五円)が年額一七、二四四円となった外は使用地の範囲、目的、支払方法に変更はなかった。
被告は、原告半澤が昭和三五年度、昭和三六年度の各借地料を全額怠納したことにつき同人に対し昭和三七年四月一三日付で土地賃貸借契約解除並びに賃借物件返還要求についてという文書を送付したりしている。
(4) 原告渡部長太郎は遅くとも昭和一五年四月一日より九〇坪を飲食店及び物品販売業家屋敷として、昭和一六年四月一日からは別に三五坪四〇を庭園地としてそれぞれ期間を一年として原告半澤と同様の方法で使用許可を得ていた。
昭和二四年度からは右二つの土地は合算され(乙地に相当)、使用目的も飲食物及び物品販売目的の宅地と、更に昭和二八年度からは店舗敷地となった。
(5) 原告渡部長太郎は、昭和三五年と昭和三八年の二回被告に対し市有地継続借受願を提出し昭和三五年四月一日から昭和三八年三月三一日まで、同年四月一日から昭和三九年三月三一日までの二回に亘り土地賃貸借契約書に基づき使用しているが借地料が従前の一坪月額五円から八円と変更された外は使用地の範囲、目的、支払方法に何らの変更はなかった。
(四)1、公物特に本件土地のような公園という公共物について私権の設定が許されるかについては戦前より判例学説において種種争われてきたところであり、当初は行政財産について私法上の契約による利用関係を否定する傾向が強かったが大正時代に入り次第に私権の成立を認める判例学説が生じ、昭和一七年に至り大審院は、市立公園の敷地が賃貸借契約の目的となり得ることを明言した(同年三月一四日判決)。
前記「市制」及び昭和一八年の「規則」には明確に本件のような公共用物についての私権の設定を否定する趣旨の規定は存しないが、本件使用関係が、いまだ公共用物に私権(特に借地法の適用ある私権)の成立を認めることが一般的とはいえない大正末頃に開始されており、しかも原告両名の使用開始当時から公園という本来一般公衆の利用に供するもので特定個人の排他的独占的な使用になじまない公共用物(少なくともその予定公物であった)であることを併せ考えると本件土地の使用関係の認定につき借地法の適用ある私権の成立を認定するについては慎重であらねばならないことはいうまでもない。
2、訴外佐々木及び同渡部長吉が本件土地につき被告との間で使用関係を設定したことは前記認定のとおりであるが、その法的性格が如何なるものであったかを直接認めるに足る証拠は存しない。
なる程右両名は当初から甲、乙の建物を建てたというのであるから相当長期間に亘り本件土地を占有使用する目的であったことは認められるが、使用許可が相当長期間継続されゝば右目的は達せられるものである以上右事実から直ちに右両名が被告との間に借地権を設定したと認めるべきではない。
むしろ、原告両名につきその使用関係は前認定の通り昭和三四年ころまでは一貫して使用許可の関係にあり、またそのことにつき格別原告両名又は前記二名より被告に対し異議の申立をするなどこれを争った事情を窺う何らの証拠も存しないことに照らせば、本件土地の使用関係は当初より使用許可の関係にあったものと認めるのが相当であ(る。)≪証拠判断省略≫
また、仮に原告両名主張のように本件土地の使用開始当時借地権が設定されていたとしても遅くとも前記認定の通り原告両名の本件土地の使用関係が使用許可の関係となった時期までには右借地権は消滅していたものと認められる(原告両名は借地権消滅につき補償のないことを理由に借地権の存続を主張しているが、後記のように借地権の消滅とその補償とは別個独立のものであり、原告両名の右主張が失当であることは明らかである。)。
3、一般に右の使用許可の性質は公物に関する特許使用と考えられその性質は、公物管理権により特定人のために公物上に一般人には許されない特別の利用権を設定するもので、特許の許否については、通常法律上の制限はなく公物管理庁が出願者の主体の適否、使用目的、その公益に及ぼす影響等諸般の事情を審査して決するもので自由裁量に属し、その使用権は一種の公法上の債権に属するものであると考えられる。
前記の如く原告両名の使用許可期間は一年乃至五年といった短期間のものが長期間に亘り更新されており、原告両名の本件土地の使用目的が店舗経営という性質上設備に相当の費用を要するもので、ある程度継続的営業を予定するものであることは明らかである。してみれば、その使用権が右のような短期使用期間の満了により当然に消滅する趣旨でなされたものではなく期間の更新が或程度予定されていたものと解すべきであり、右使用期間は主に許可条件の変更(使用料の額等)に備えたものでありその実質においては期間の定めのない場合と異ならないものと思料される。
4、次に昭和三四年以降に原告両名と被告との間に締結された賃貸借契約について検討する。
右契約はいずれも本件土地につき都市公園法の適用される直前又は直後に締結されたものであり(本件土地に都市公園法の適用あることは同法二条及び前記昭和三三年の若松市条例二条に照らし明らかであり、都市公園法に根拠のない限り原告両名が本件土地上に甲、乙建物を所有し得なくなることは明らかであり、右に反する原告両名の主張は採用できない。)同法二二条は前記のように都市公園を構成する土地物件についての私権の行使を否定している。
しかして、前記各賃貸借契約の内容はいずれも借地料が若干増額された外は使用土地の範囲、目的、支払方法、期間等につき従前の使用許可のころと変更はなく、一方権利金の交付等いわゆる賃借権を新たに設定したことを窺わせるに足る証拠は何ら存しない。
従って、被告において原告半澤に対しその借地料怠納を理由に契約解除という行動に出たりしていることを考慮に入れても、右各賃貸借契約は名目はともかくその実質においては従前の使用許可の関係の継続であると解するのが相当である(なお、仮に原告両名主張のように公園敷地の占有権につき借地法の適用の余地ありとしてもそれはどこまでも公園の使用、目的を妨げない限度においてであり、占有許可の際使用条件を定めあるいは補償を条件としてその許可の撤回を留保する等の公園管理上の必要に基づく制限を受けることは当然であり、これと矛盾する借地法の規定(例えば同法二条)の適用は排除されるのである。本件においては被告の原告両名に対する収去要求は後記のように公益上の必要に基づくものであるから仮に原告両名の右主張を採用しても本件においてはその結論に何ら影響を及ぼすものではない。)。
(五)1、≪証拠省略≫によれば次の事実が認められ他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。
昭和四〇年九月一七日鶴ヶ城天守閣が竣工し、昭和四一年四月一日には被告において若松城管理事務所を設立し、同事務所の所在を本件土地附近に置くことを予定しており、その周囲の整備も計画していた。
被告は、昭和三九年九月ころから旧鶴ヶ城趾内で土地を使用していた原告両名を含む五名(いずれも建物を所有していた。)に対し建物収去、土地明渡の交渉を開始し原告両名を除く他の三名は昭和四二年五月ころ被告に対し明渡したが原告両名とは話合が成功せず同年三月三一日に交渉を打切っている。
2、そこで原告両名の本件土地の使用権が昭和三九年四月一日以降も引続き存続しているか否かについて検討する。
本件甲、乙の建物が都市公園法七条に該当するものでない以上、同法附則四項の適用を受け、前記のようにその実質が期間の定めのないものである以上昭和四一年一〇月一四日の経過までは、原告両名は同法五条二項の許可を受けたものと看做される。しかし、その後原告両名はその期間の更新を主張するが右権利が更新されたことを認めるに足る証拠は何ら存せず、また使用許可の関係においては黙示の期間の更新は考えられない以上原告両名の本件土地に対する使用権は消滅したものと解するのが相当である(なお被告が原告両名に対し新たな使用許可をなさなかった理由は前記公益上の必要によるものと推認される。)。
(六) 同法附則七項は損失の補償を規定しているほか憲法二九条三項は私有財産が公共のために用いられる場合について正当な補償が行われるべきことを規定している。
ところで憲法の右条項は、単に「正当な補償」と規定しているだけでその時期方法については何ら言明していないのであるから補償が財産の供与と交換的に同時履行さるべきことについてまで憲法が保障しているものと解することはできない(最判昭和二四年七月一三日刑集三・八・一二八六参照)。
同時履行の抗弁権は本来双務契約から生ずる対立した債務の間に履行上の牽連関係を認めようとするものであり、必ずしも双務契約に限定されず両債務が一個の法律要件から生じ関連的に履行させることが公平に適する場合にはその適用も考えられるものであるが、本件のような損失補償は収用者の被むる財産上の損失の填補を目的とするものであるから技術的にみて事後的に補償することも可能であり、土地収用法九五条以下は起業者の権利取得と補償の払渡等につき同時履行を定めているが、地方自治法には行政財産について何ら補償に関する規定がなく(但し、このことは補償を要しないものと解すべきではない。)又都市公園法附則七、八項により準用される同法一二条も補償についての同時履行を何ら規定していない。
以上の事実を綜合すれば、前記都市公園法附則七項の補償は権利消滅と同時履行の関係に立つものではないと解するのが相当であり、右に反する原告両名の主張は採用できない。
従って、仮に被告は原告両名に対し同人らが本件土地の使用権喪失に伴い何らかの補償をしなければならないとしても、被告は本件土地の所有権に基づき原告両名に対し甲、乙建物を収去して甲、乙地の明渡を求める権利を有するのである。
三、本訴請求原因四記載の事実は当事者間に争いがないので原告両名に右妨害を排除する権利があるかについて判断する。
本訴請求原因三において原告両名は右権利につきるゝ主張してはいるが、原告両名の右主張にも明らかなように本件通路の通行権は原告両名の本件土地に対する使用の便宜のためのもので、そのことを除外した場合は右通行権自体につき原告両名が一般利用者に比べ格別の利益を有するものでない以上原告両名の本件土地につき使用権の認められない現在においては、原告両名は被告の行為の妨害排除を求める利益はなく、その余の事実を判断するまでもなく、原告両名の右請求は理由がない。
四、よって被告の原告両名に対する反訴請求はすべて理由があるからこれを認容し(但し、仮執行の宣言の申立については、相当でないから、これを却下する。)、原告両名の被告に対する本訴請求は理由がないから棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上守次 裁判官 清野寛甫 植村立郎)
<以下省略>